ハロウィン――闇百合の魔女<後編>
2006年11月2日 読書 コメント (1)
幾日も続いた賑やかな祭典を昨夜で終えた王都は、淡い朝もやに覆われつつあった。
ほの暗い街灯の照らす路地を歩いていると、寒さに身をすくめながら仕事に向かう人びととすれ違う。
山のように小麦袋を積み、車輪を軋ませながらのろのろと進むチョコボの荷車を、冒険者風の若者が足早に追い越していく。
路肩には色とりどりの花々が、ぽつりぽつりと咲いている。よく見ればチョコや焼き菓子の包み紙だ。
つい昨日まで、このあたりには菓子を集める子どもたちの声が飛び交っていた。あの子たちはきっと、まだ夢の中で駆け回っているのだろう。
「――ブライアン、ガートルード、何日もの間ご苦労だったな。
さて、6体の幽霊の目的もわかったことだ。いよいよ最後の仕上げにかかるとしよう」
耳元のリンクパールから聞こえてきたのは、エクソシストの仲間、ロジャーの声だ。
あくび混じりのブライアンの声が続く。
「それにしても……まさかあの調査で本当に“忌言葉”を理解できるとはなあ……。
調査に協力してくれた冒険者たちの腕――いや、耳がよかったんでしょうか」
忌言葉――。
魔女が口にしていた奇妙な言葉は、大戦を知る中の国の者ならば、みな記憶しているという。
獣人兵士が叩き鳴らす、忌まわしい銅鑼の音と共に……。
ハロウィンが始まる直前、魔女の言葉がそれであることを突き止めたのは、幼少時代を戦時下のバストゥークで過ごしたロジャーだった。
彼の話によると、忌言葉とは闇に生きる魔物たちが本能的に理解できる特殊な言葉で、かつて、あの“闇の王”が種族や文化を異にする獣人や魔物を束ねるために広めた、と考えられているらしい。
ロンフォールの森で魔女のつぶやきを耳にしたときから、わたしはその言葉を理解する方法を探していた。
そして、人ならぬものの姿を借りる――つまり、変装によって獣人や魔物になりきることで、人間にも解ることがあるかもしれない、という考えに至ったのだ。
その数日後にはハロウィンが始まり、わたしたち3人はそれぞれの街で冒険者を呼び止めて、「変装して魔女を追跡する」という、いささか奇妙とも思える調査を依頼することになった。
すべては女神さまの思し召しだったのだろう。
意外なくらい調査ははかどり、依頼に応じてくれた多くの冒険者が魔女の言葉を聴き、伝えてくれた。
そこで彼らによって明かされた真実は、意外なものだった。
懐かしい街、過ぎし日々、大切な人――。
6人の魔女は、ずっと忘れられなかったものへの想いを胸に、それぞれの生まれ故郷に帰ってきた。
ただ、それだけのことだったのだ。
「魔女たちは、人の心までは失っていなかった……。
だからこそ、忌言葉を知らない冒険者たちにも、彼女たちの想いが理解できたのかもしれないわ」
わたしはブライアンにそう答えると、いまだ街路をさまよう魔女たちの元へと向かった。
* * *
東の空が白んできた頃、ドラギーユ城前の閲兵場で、エルヴァーンの魔女ポゾロワを見つけた。
彼女は、自分がここにいてはいけない存在だということも、わたしの正体も、とうに知っていたようだった。
ポゾロワの安らかな旅立ちを見届けたわたしは、もう1人の魔女マリーズの姿を求め、工人通りへと続く市門をくぐった。
通りに入って階段を下りていくと、そこには寂しげな魔女の霊が漂っていた。
遠くから彼女の気配を感じ取ったとき、すぐにわかった。
王都にやってきたあの日、ロンフォールの森で遭遇した魔女は、マリーズだったのだ。
わたしは、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
「……マリーズ。わたしのこと、覚えている?」
振り返った彼女は、しばらくの間ぼんやりとこちらを見つめていた。
心なしか、その瞳にはやや光が戻っているようにも見えた。
「聞いたわ、お兄さんのこと……。
だいじょうぶよ……お兄さんはきっと、あなたのことを全部わかっていてくれたわ。
亡くなるときまでずっと、あなたのことを想っていたはずよ……」
突然、彼女の頬を光るものが伝った。
「マリーズ、よく聞いて……。
あなたもお兄さんと同じ……もう、この世界にいてはいけない人なのよ……」
「……アァ……ォ兄サ……」
マリーズは両手で顔を覆い、か細い肩を震わせながら声を振り絞った。
「……のォウ……の…………私たチハ……闇……の王の……」
闇の王。
確かに、そう聞こえた。
「……教えて。あなたたちに、なにがあったの?」
彼女は20余年前の出来事を、長い間失っていた人間の言葉で語りはじめた。
* * *
天与の並外れた魔力をもっていたマリーズは、幼い頃から周囲の人びとに“魔女”と恐れられていた。そして、いつしか実の両親までもが彼女に怯えるようになっていった。
そんな彼女をかばい、心の支えとなってくれたのが兄だったという。
彼は、いつもこう言ってくれた。
「人には誰しも女神様から授かった使命があるんだ。
きっと、お前の力が人びとに必要とされる日がくるよ」と。
しかし、ある日、マリーズは自分のことで兄までもが世間から白い目で見られていたことを知り、衝動的に家を飛び出してしまった。
それから彼女は、同じような境遇の娘たちと運命的に出会い、旅を共にするようになった。
辛い過去と決別し、魔女の名のもとに身を寄せ合った6人。それが闇百合団だった。
闇百合団の結成後、6人は自分たちの身を守るために古の呪術を復活させた。それを知った人びとは、彼女たちに“罪深き魔女集団”の烙印を押した。
もはや、人の住む地に居場所などない――。
世間から追われるようにして北の地へと逃れた彼女たちは、やがて訪れる大戦を前に、闇の王の拠点、ズ
ヴァール城の門を叩いた。
すべては、避けられない必然だったのかもしれない。
6人が謁見したのは、闇の王の側近と称するアーリマンだった。
「ふん……おもしろきやつらよ。
人間の分際で我が王に仕えたいとは。ならばお前たちも、我らと同じ闇の存在になるがよい……!」
まさにそのとき、彼女らは人の姿と言葉をアーリマンに奪われ、人ならぬ魔物として生まれ変わったのだった。
程なくして、大戦が勃発。
闇百合団は獣人軍の最前線に配置され、もてあます魔力をもってアルタナ連合軍を苦しめた。
古の呪術を扱う姿なき魔女たちの噂は戦場を駆けめぐり、その襲来を耳にしただけで恐慌をきたす部隊もあったという。
だが、彼女らの活躍も虚しく、大戦は獣人軍の敗北によって終結。そこから、行き場を失った彼女たちの旅が始まった。
目的も目的地もない、長く果てしない漂泊の日々が……。
* * *
歳月の流れと共に、6人は、自分たちがどこでなにをしているのかさえ、わからなくなっていった。
マリーズは、10年、20年……とさまよううちに、いつの間にか仲間たちの多くとはぐれ、懐かしい故郷の側までたどり着いている自分に気づいたという。
「すべてを失った私は……もう……ここに戻ってくるしかなかったのよ……。
懐かしい……お兄さまの記憶が残る……この街に……」
そう言ってうつむいた彼女の姿は、さらにかすみ、今にも消え入りそうだった。
マリーズにとって、真実など、どうでもよいことかもしれない。しかし、いまここで話さなければ、彼女の魂はいつまでも、この世界をさまよい続けることだろう。
この20余年と同じように――。
自分にそう言い聞かせ、わたしは彼女に向き直った。
「よく聞いて、マリーズ……。
あなたたちは、そのアーリマンの側近に、人の姿と言葉を奪われただけではなかったの。
おそらくそのとき、命そのものも奪われて……亡き者とされていたのよ……」
彼女は静かに顔を上げると、寂しそうに言った。
「……薄々……気づいてはいたわ……。
あの日……あなたの身体に触れて……人の温かさを羨ましく思ったときから……。
だから……もう迷いはない……。
ねえ……お願いよ……どうか私をお兄さまのところへ……」
「マリーズ……」
「真実を知らせてくれて…………ありがとう」
その瞬間、東の城壁の向こう側から、金色の陽光があふれだしてきた。
あらゆるものをあまねく照らし出す、どこまでも目映い光。その光を背に、マリーズは優しく穏やかに微笑んでいた。
まるで、慈愛に満ちた女神アルタナのように――。
はっとしたわたしは、その場で目を閉じて、魂の旅立ちを祝する聖典の一節を一心に唱え続けた。
ただ、女神様の御許へと旅立つ彼女の幸福を信じて……。
すべてを終えて目を開けると、そこにマリーズの姿はなく、あたりには無数のきらめきだけが残されていた。
その儚い光の1粒1粒が、ゆっくりと天に昇っていく様を、わたしはいつまでも見守っていた。
ほの暗い街灯の照らす路地を歩いていると、寒さに身をすくめながら仕事に向かう人びととすれ違う。
山のように小麦袋を積み、車輪を軋ませながらのろのろと進むチョコボの荷車を、冒険者風の若者が足早に追い越していく。
路肩には色とりどりの花々が、ぽつりぽつりと咲いている。よく見ればチョコや焼き菓子の包み紙だ。
つい昨日まで、このあたりには菓子を集める子どもたちの声が飛び交っていた。あの子たちはきっと、まだ夢の中で駆け回っているのだろう。
「――ブライアン、ガートルード、何日もの間ご苦労だったな。
さて、6体の幽霊の目的もわかったことだ。いよいよ最後の仕上げにかかるとしよう」
耳元のリンクパールから聞こえてきたのは、エクソシストの仲間、ロジャーの声だ。
あくび混じりのブライアンの声が続く。
「それにしても……まさかあの調査で本当に“忌言葉”を理解できるとはなあ……。
調査に協力してくれた冒険者たちの腕――いや、耳がよかったんでしょうか」
忌言葉――。
魔女が口にしていた奇妙な言葉は、大戦を知る中の国の者ならば、みな記憶しているという。
獣人兵士が叩き鳴らす、忌まわしい銅鑼の音と共に……。
ハロウィンが始まる直前、魔女の言葉がそれであることを突き止めたのは、幼少時代を戦時下のバストゥークで過ごしたロジャーだった。
彼の話によると、忌言葉とは闇に生きる魔物たちが本能的に理解できる特殊な言葉で、かつて、あの“闇の王”が種族や文化を異にする獣人や魔物を束ねるために広めた、と考えられているらしい。
ロンフォールの森で魔女のつぶやきを耳にしたときから、わたしはその言葉を理解する方法を探していた。
そして、人ならぬものの姿を借りる――つまり、変装によって獣人や魔物になりきることで、人間にも解ることがあるかもしれない、という考えに至ったのだ。
その数日後にはハロウィンが始まり、わたしたち3人はそれぞれの街で冒険者を呼び止めて、「変装して魔女を追跡する」という、いささか奇妙とも思える調査を依頼することになった。
すべては女神さまの思し召しだったのだろう。
意外なくらい調査ははかどり、依頼に応じてくれた多くの冒険者が魔女の言葉を聴き、伝えてくれた。
そこで彼らによって明かされた真実は、意外なものだった。
懐かしい街、過ぎし日々、大切な人――。
6人の魔女は、ずっと忘れられなかったものへの想いを胸に、それぞれの生まれ故郷に帰ってきた。
ただ、それだけのことだったのだ。
「魔女たちは、人の心までは失っていなかった……。
だからこそ、忌言葉を知らない冒険者たちにも、彼女たちの想いが理解できたのかもしれないわ」
わたしはブライアンにそう答えると、いまだ街路をさまよう魔女たちの元へと向かった。
* * *
東の空が白んできた頃、ドラギーユ城前の閲兵場で、エルヴァーンの魔女ポゾロワを見つけた。
彼女は、自分がここにいてはいけない存在だということも、わたしの正体も、とうに知っていたようだった。
ポゾロワの安らかな旅立ちを見届けたわたしは、もう1人の魔女マリーズの姿を求め、工人通りへと続く市門をくぐった。
通りに入って階段を下りていくと、そこには寂しげな魔女の霊が漂っていた。
遠くから彼女の気配を感じ取ったとき、すぐにわかった。
王都にやってきたあの日、ロンフォールの森で遭遇した魔女は、マリーズだったのだ。
わたしは、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
「……マリーズ。わたしのこと、覚えている?」
振り返った彼女は、しばらくの間ぼんやりとこちらを見つめていた。
心なしか、その瞳にはやや光が戻っているようにも見えた。
「聞いたわ、お兄さんのこと……。
だいじょうぶよ……お兄さんはきっと、あなたのことを全部わかっていてくれたわ。
亡くなるときまでずっと、あなたのことを想っていたはずよ……」
突然、彼女の頬を光るものが伝った。
「マリーズ、よく聞いて……。
あなたもお兄さんと同じ……もう、この世界にいてはいけない人なのよ……」
「……アァ……ォ兄サ……」
マリーズは両手で顔を覆い、か細い肩を震わせながら声を振り絞った。
「……のォウ……の…………私たチハ……闇……の王の……」
闇の王。
確かに、そう聞こえた。
「……教えて。あなたたちに、なにがあったの?」
彼女は20余年前の出来事を、長い間失っていた人間の言葉で語りはじめた。
* * *
天与の並外れた魔力をもっていたマリーズは、幼い頃から周囲の人びとに“魔女”と恐れられていた。そして、いつしか実の両親までもが彼女に怯えるようになっていった。
そんな彼女をかばい、心の支えとなってくれたのが兄だったという。
彼は、いつもこう言ってくれた。
「人には誰しも女神様から授かった使命があるんだ。
きっと、お前の力が人びとに必要とされる日がくるよ」と。
しかし、ある日、マリーズは自分のことで兄までもが世間から白い目で見られていたことを知り、衝動的に家を飛び出してしまった。
それから彼女は、同じような境遇の娘たちと運命的に出会い、旅を共にするようになった。
辛い過去と決別し、魔女の名のもとに身を寄せ合った6人。それが闇百合団だった。
闇百合団の結成後、6人は自分たちの身を守るために古の呪術を復活させた。それを知った人びとは、彼女たちに“罪深き魔女集団”の烙印を押した。
もはや、人の住む地に居場所などない――。
世間から追われるようにして北の地へと逃れた彼女たちは、やがて訪れる大戦を前に、闇の王の拠点、ズ
ヴァール城の門を叩いた。
すべては、避けられない必然だったのかもしれない。
6人が謁見したのは、闇の王の側近と称するアーリマンだった。
「ふん……おもしろきやつらよ。
人間の分際で我が王に仕えたいとは。ならばお前たちも、我らと同じ闇の存在になるがよい……!」
まさにそのとき、彼女らは人の姿と言葉をアーリマンに奪われ、人ならぬ魔物として生まれ変わったのだった。
程なくして、大戦が勃発。
闇百合団は獣人軍の最前線に配置され、もてあます魔力をもってアルタナ連合軍を苦しめた。
古の呪術を扱う姿なき魔女たちの噂は戦場を駆けめぐり、その襲来を耳にしただけで恐慌をきたす部隊もあったという。
だが、彼女らの活躍も虚しく、大戦は獣人軍の敗北によって終結。そこから、行き場を失った彼女たちの旅が始まった。
目的も目的地もない、長く果てしない漂泊の日々が……。
* * *
歳月の流れと共に、6人は、自分たちがどこでなにをしているのかさえ、わからなくなっていった。
マリーズは、10年、20年……とさまよううちに、いつの間にか仲間たちの多くとはぐれ、懐かしい故郷の側までたどり着いている自分に気づいたという。
「すべてを失った私は……もう……ここに戻ってくるしかなかったのよ……。
懐かしい……お兄さまの記憶が残る……この街に……」
そう言ってうつむいた彼女の姿は、さらにかすみ、今にも消え入りそうだった。
マリーズにとって、真実など、どうでもよいことかもしれない。しかし、いまここで話さなければ、彼女の魂はいつまでも、この世界をさまよい続けることだろう。
この20余年と同じように――。
自分にそう言い聞かせ、わたしは彼女に向き直った。
「よく聞いて、マリーズ……。
あなたたちは、そのアーリマンの側近に、人の姿と言葉を奪われただけではなかったの。
おそらくそのとき、命そのものも奪われて……亡き者とされていたのよ……」
彼女は静かに顔を上げると、寂しそうに言った。
「……薄々……気づいてはいたわ……。
あの日……あなたの身体に触れて……人の温かさを羨ましく思ったときから……。
だから……もう迷いはない……。
ねえ……お願いよ……どうか私をお兄さまのところへ……」
「マリーズ……」
「真実を知らせてくれて…………ありがとう」
その瞬間、東の城壁の向こう側から、金色の陽光があふれだしてきた。
あらゆるものをあまねく照らし出す、どこまでも目映い光。その光を背に、マリーズは優しく穏やかに微笑んでいた。
まるで、慈愛に満ちた女神アルタナのように――。
はっとしたわたしは、その場で目を閉じて、魂の旅立ちを祝する聖典の一節を一心に唱え続けた。
ただ、女神様の御許へと旅立つ彼女の幸福を信じて……。
すべてを終えて目を開けると、そこにマリーズの姿はなく、あたりには無数のきらめきだけが残されていた。
その儚い光の1粒1粒が、ゆっくりと天に昇っていく様を、わたしはいつまでも見守っていた。
暗暗しき記憶の正夢
2006年10月25日前にも似たような事があった気がする。
あんあん−【暗暗/▼闇▼闇】
(ト/タル)[文]形動タリ
(1)ひそかなさま。はっきり言わないさま。
「―のうちに了解した」
(2)暗いさま。
「四辺(あたり)―として暗く/鉄仮面(涙香)」
三省堂提供「大辞林 第二版」より
あんあん−【暗暗/▼闇▼闇】
(ト/タル)[文]形動タリ
(1)ひそかなさま。はっきり言わないさま。
「―のうちに了解した」
(2)暗いさま。
「四辺(あたり)―として暗く/鉄仮面(涙香)」
三省堂提供「大辞林 第二版」より
サイドストーリーまとめ
2006年10月19日えー。サイドストーリーは前月に移動したいと思います。
――で、移動してみたものの、先月とか来月とか関係なく、1ページに表示される模様。
オワタ。
――で、移動してみたものの、先月とか来月とか関係なく、1ページに表示される模様。
オワタ。
ハロウィン――闇百合の魔女<前編>
2006年9月1日 読書
若い修道士に案内された大聖堂の宿房は、決して豪華ではなかったが、こざっぱりとしていて居心地がよかった。
きしむ椅子に腰掛けたわたしは、暖炉で燃え盛る炎を見つめながら、つい数刻前のことを思い返していた。
「……ガートルード様、ようこそサンドリアにおいでくださいました」
依頼主の代理人としてわたしを出迎えてくれたのは、物腰の柔らかい初老の神殿騎士だった。
「この度、エクソシストである貴女様に海の向こうよりわざわざお越しいただいたのは、他でもありません。
あの伝説の魔女連盟“闇百合団 (Dark Lilies)”が20余年ぶりに姿を現したのです」
視線を下げて、彼はこう続けた。
「お若いガートルード様でも、闇百合団の名はご存じのはず。そう……かつて世間を震撼させた、あの6人の魔女たちのことです。
我が騎士団の当時の記録には、こうあります。
天性の強大な魔力を持っていた彼女らは、闇百合団の結成により、ますますその力を高めることに成功。ついには古の呪術まで復活させ、各地で大変な騒動を巻き起こした。
しかし、その直後、かの大戦が勃発。それを境に6人は謎の失踪を遂げた、と……。
あれから20余年、歳月とともに闇百合団の話も、子どもを寝かしつけるための昔話と化しつつあったのですが……今になって彼女たちが3国の首都周辺に出没し、再び罪なき民を脅かしはじめたのです」
「それも……霊体となって?」
騎士は、わたしの目を真っ直ぐ見て、一度だけ頷いた。
「現にロンフォールの街道付近でも、旅人や子どもたちが、先の折れた奇妙な帽子を被った霊を度々目撃しています。相手が実体のない霊体、しかも、強力な古の呪法で護られているとなると、いかに精鋭を誇る我が神殿騎士団とて抗する術をもちません。
ガートルード様……どうか西方に伝わるエクソシストの除霊術をもって、さまよえる魔女の魂をお鎮めください」
暖炉の中でパチパチと音を立てていた薪が不意に崩れ、緋色の炎が踊るように揺らめいた。
さまよえる魔女の魂――。
20余年前、なぜ6人の魔女は失踪したのか。なぜ肉体を失ってしまったのか。そして、なぜ今になって街の近くに姿を現しているのか。
なにか理由があるはずだ。
わたしは壁に掛けておいた外套を手に取り、宿房を後にした。
* * *
荘厳なランペール門をくぐり街の外に出ると、鬱蒼としたロンフォールの森が王都に迫るように広がっていた。
幾度も魔女が目撃されているという広大な森だ。
その噂を知ってか知らずか、森を貫く街道を南下すると、チョコボを急かして街に戻ろうとする人びとと、何度もすれ違う。
すでに日暮れ。あたりには、濃い霧が立ち込めていた。
街道から少し逸れ、薄暗い木立の中に分け入ると、一斉に魔物が蠢きはじめたような気配を感じた。
やがて、どこからともなくコウモリの魔物たちが現れ、わたしに纏わりつくように飛び回りはじめた。
ワンドで振り払えば四方に散っていくが、またすぐに1匹2匹と舞い戻ってくる。かといって、わたしの血を狙っているような素振りもみせない。
ただひたすら、なにかを訴えかけるように騒ぐ彼らを奇妙に思いながら、歩を速めようとしたとき、急にあたりの空気が重くなった。
前方から漂う、ただならぬ気配――。
その強い妖気をたどって進んでいくと、大きな樹の下に、“それ”がたたずんでいた。
魔女だ。
子どもの頃に聞いた話そのままの、先の折れた奇妙な帽子を被っている。
どこかあどけなさを残した顔立ち……。自分と同じ年頃だろうか。
だが、悲しいことに、残像のようなその姿は、すでに肉体を失っていることを意味していた。
わたしは、女神への祈りの言葉と、エクソシストに伝わる護魂の呪文を静かに唱えると、魔女の前に歩み出て、両手を大きく広げた。
「闇百合の乙女よ……!」
黒い森の静寂の中に、わたしの声が響きわたった。
すると、帽子のつばの下から覗く虚ろな目が、わずかに光を帯びた。
「我は、汝が魂を救わんとする女神の使徒なり……。
汝、この地にて、なにをか求めん? 恐れず、我が前にてすべてを告解せよ!」
魔女は、小さく口を開き、なにかつぶやいている。呻くように。謡うように……。
けれども……、それは人の言葉ではなかった……。
いかに修行を積んだエクソシストといえども、言葉を聴き、想いを理解してやることができなければ、その者の魂を女神様の御許へ送り出すことはできない。相手が強力な魔女なら、なおのことだ。
どうすることもできず、その場に立ちすくんでいると、魔女が突然、音もなくわたしに迫ってきた。
目を見開き、口元に歪んだ微笑を浮かべながら――。
わたしは、とっさに身構えた。
直後、自分の身体に彼女が重なり、そのままずるりと入り込んでくるのがわかった。
手足が硬直し、首筋や背中を冷たい汗が流れていく……。
「……やめなさい……!」
必死の思いで声を振り絞った瞬間、わたしの身体は解放され、彼女の気配も闇に消えた。
それはほんの一瞬の出来事だったが、わたしの身体には、鉛のように重い死の感覚だけが残されていた。
深いため息とともに空を見上げれば、先ほどの魔物たちが落ち着きなく飛び交っている。
そのとき、わたしは悟った。
わたしを魔女のもとに導いたのは、彼らだったのだ。
闇に生きる魔物は、互いに通じあっているという。
だとすれば、この魔物たちも、魔女の発した言葉の意味を理解していたことになる。
では、生身の人間が魔女の言葉を理解するためには――?
「人ならぬ魔物になりきればいい……」
自分のつぶやいた言葉に、思わず首を振った。
禁忌だ――。敬虔な女神信徒であらねばならないエクソシストにとって、それは背徳行為に等しい。
わたしは、考えをめぐらせながら、街道へと戻った。
魔物たちは、いつのまにか姿を消していた。
* * *
あくる日のこと。
“ハロウィン”と呼ばれる祭典を控え、サンドリアの街路は早くも買い出しにきた人びとでごった返していた。子どもたちはわいわいと楽しげに飾りつけに勤しんでいる。
この祭典は王都だけでなく、バストゥークとウィンダスの都でも同時に開催される、それは盛大なものだという。
「祭りの賑わいに誘われて、魔女たちが街に紛れこむ可能性も考えられますね」
「ああ。霊というのは、案外寂しがり屋だからな」
それぞれ同じ目的で他の2国に招聘された仲間のエクソシスト、ブライアンとロジャーが、前日の夜にリンクパールでそう話していたのを思い出した。
ロンフォールでの一件を報告したところ、年長のロジャーは、魔女のつぶやいていた言葉に心当たりがあるとだけ言い残して、調査に出かけてしまった。彼のことだ、今頃なにかつかんでいるのだろうか……。
仲間のことを案じつつ、北サンドリアの水門脇を通り過ぎたときだった。
わたしは、港へと続く通りの入口付近に人だかりができていることに気づいた。
近づいて、その中心を覗き込んでみれば、商人風の男が石畳にへたり込んでいる。
顔からはすっかり血の気が引き、唇は小刻みに震えていた。
「あの、なにがあったのですか?」
わたしは、すぐ側にいた衛兵らしき男に尋ねた。
「ああ……。とうとう、ここにも現れたのだ。例の魔女が、白昼堂々とな」
悪い予感は的中した。
「もうすぐハロウィンだというのに、厄介なことになった。もし仮装行列に本物の化け物が紛れ込んだりしたら、大混乱になるぞ」
「……仮装?」
「知らんのか? ハロウィンでは、大人も子どもも恐ろしい化け物やら獣人になりきって街を練り歩くのだ」
「…………ありがとう。
あなたのお陰で、希望がわいてきたわ。女神様のご加護があらんことを……!」
狐につままれたように立ち尽くす衛兵と、ますます大きくなる人だかりを背に、わたしはその場を後にした。
きしむ椅子に腰掛けたわたしは、暖炉で燃え盛る炎を見つめながら、つい数刻前のことを思い返していた。
「……ガートルード様、ようこそサンドリアにおいでくださいました」
依頼主の代理人としてわたしを出迎えてくれたのは、物腰の柔らかい初老の神殿騎士だった。
「この度、エクソシストである貴女様に海の向こうよりわざわざお越しいただいたのは、他でもありません。
あの伝説の魔女連盟“闇百合団 (Dark Lilies)”が20余年ぶりに姿を現したのです」
視線を下げて、彼はこう続けた。
「お若いガートルード様でも、闇百合団の名はご存じのはず。そう……かつて世間を震撼させた、あの6人の魔女たちのことです。
我が騎士団の当時の記録には、こうあります。
天性の強大な魔力を持っていた彼女らは、闇百合団の結成により、ますますその力を高めることに成功。ついには古の呪術まで復活させ、各地で大変な騒動を巻き起こした。
しかし、その直後、かの大戦が勃発。それを境に6人は謎の失踪を遂げた、と……。
あれから20余年、歳月とともに闇百合団の話も、子どもを寝かしつけるための昔話と化しつつあったのですが……今になって彼女たちが3国の首都周辺に出没し、再び罪なき民を脅かしはじめたのです」
「それも……霊体となって?」
騎士は、わたしの目を真っ直ぐ見て、一度だけ頷いた。
「現にロンフォールの街道付近でも、旅人や子どもたちが、先の折れた奇妙な帽子を被った霊を度々目撃しています。相手が実体のない霊体、しかも、強力な古の呪法で護られているとなると、いかに精鋭を誇る我が神殿騎士団とて抗する術をもちません。
ガートルード様……どうか西方に伝わるエクソシストの除霊術をもって、さまよえる魔女の魂をお鎮めください」
暖炉の中でパチパチと音を立てていた薪が不意に崩れ、緋色の炎が踊るように揺らめいた。
さまよえる魔女の魂――。
20余年前、なぜ6人の魔女は失踪したのか。なぜ肉体を失ってしまったのか。そして、なぜ今になって街の近くに姿を現しているのか。
なにか理由があるはずだ。
わたしは壁に掛けておいた外套を手に取り、宿房を後にした。
* * *
荘厳なランペール門をくぐり街の外に出ると、鬱蒼としたロンフォールの森が王都に迫るように広がっていた。
幾度も魔女が目撃されているという広大な森だ。
その噂を知ってか知らずか、森を貫く街道を南下すると、チョコボを急かして街に戻ろうとする人びとと、何度もすれ違う。
すでに日暮れ。あたりには、濃い霧が立ち込めていた。
街道から少し逸れ、薄暗い木立の中に分け入ると、一斉に魔物が蠢きはじめたような気配を感じた。
やがて、どこからともなくコウモリの魔物たちが現れ、わたしに纏わりつくように飛び回りはじめた。
ワンドで振り払えば四方に散っていくが、またすぐに1匹2匹と舞い戻ってくる。かといって、わたしの血を狙っているような素振りもみせない。
ただひたすら、なにかを訴えかけるように騒ぐ彼らを奇妙に思いながら、歩を速めようとしたとき、急にあたりの空気が重くなった。
前方から漂う、ただならぬ気配――。
その強い妖気をたどって進んでいくと、大きな樹の下に、“それ”がたたずんでいた。
魔女だ。
子どもの頃に聞いた話そのままの、先の折れた奇妙な帽子を被っている。
どこかあどけなさを残した顔立ち……。自分と同じ年頃だろうか。
だが、悲しいことに、残像のようなその姿は、すでに肉体を失っていることを意味していた。
わたしは、女神への祈りの言葉と、エクソシストに伝わる護魂の呪文を静かに唱えると、魔女の前に歩み出て、両手を大きく広げた。
「闇百合の乙女よ……!」
黒い森の静寂の中に、わたしの声が響きわたった。
すると、帽子のつばの下から覗く虚ろな目が、わずかに光を帯びた。
「我は、汝が魂を救わんとする女神の使徒なり……。
汝、この地にて、なにをか求めん? 恐れず、我が前にてすべてを告解せよ!」
魔女は、小さく口を開き、なにかつぶやいている。呻くように。謡うように……。
けれども……、それは人の言葉ではなかった……。
いかに修行を積んだエクソシストといえども、言葉を聴き、想いを理解してやることができなければ、その者の魂を女神様の御許へ送り出すことはできない。相手が強力な魔女なら、なおのことだ。
どうすることもできず、その場に立ちすくんでいると、魔女が突然、音もなくわたしに迫ってきた。
目を見開き、口元に歪んだ微笑を浮かべながら――。
わたしは、とっさに身構えた。
直後、自分の身体に彼女が重なり、そのままずるりと入り込んでくるのがわかった。
手足が硬直し、首筋や背中を冷たい汗が流れていく……。
「……やめなさい……!」
必死の思いで声を振り絞った瞬間、わたしの身体は解放され、彼女の気配も闇に消えた。
それはほんの一瞬の出来事だったが、わたしの身体には、鉛のように重い死の感覚だけが残されていた。
深いため息とともに空を見上げれば、先ほどの魔物たちが落ち着きなく飛び交っている。
そのとき、わたしは悟った。
わたしを魔女のもとに導いたのは、彼らだったのだ。
闇に生きる魔物は、互いに通じあっているという。
だとすれば、この魔物たちも、魔女の発した言葉の意味を理解していたことになる。
では、生身の人間が魔女の言葉を理解するためには――?
「人ならぬ魔物になりきればいい……」
自分のつぶやいた言葉に、思わず首を振った。
禁忌だ――。敬虔な女神信徒であらねばならないエクソシストにとって、それは背徳行為に等しい。
わたしは、考えをめぐらせながら、街道へと戻った。
魔物たちは、いつのまにか姿を消していた。
* * *
あくる日のこと。
“ハロウィン”と呼ばれる祭典を控え、サンドリアの街路は早くも買い出しにきた人びとでごった返していた。子どもたちはわいわいと楽しげに飾りつけに勤しんでいる。
この祭典は王都だけでなく、バストゥークとウィンダスの都でも同時に開催される、それは盛大なものだという。
「祭りの賑わいに誘われて、魔女たちが街に紛れこむ可能性も考えられますね」
「ああ。霊というのは、案外寂しがり屋だからな」
それぞれ同じ目的で他の2国に招聘された仲間のエクソシスト、ブライアンとロジャーが、前日の夜にリンクパールでそう話していたのを思い出した。
ロンフォールでの一件を報告したところ、年長のロジャーは、魔女のつぶやいていた言葉に心当たりがあるとだけ言い残して、調査に出かけてしまった。彼のことだ、今頃なにかつかんでいるのだろうか……。
仲間のことを案じつつ、北サンドリアの水門脇を通り過ぎたときだった。
わたしは、港へと続く通りの入口付近に人だかりができていることに気づいた。
近づいて、その中心を覗き込んでみれば、商人風の男が石畳にへたり込んでいる。
顔からはすっかり血の気が引き、唇は小刻みに震えていた。
「あの、なにがあったのですか?」
わたしは、すぐ側にいた衛兵らしき男に尋ねた。
「ああ……。とうとう、ここにも現れたのだ。例の魔女が、白昼堂々とな」
悪い予感は的中した。
「もうすぐハロウィンだというのに、厄介なことになった。もし仮装行列に本物の化け物が紛れ込んだりしたら、大混乱になるぞ」
「……仮装?」
「知らんのか? ハロウィンでは、大人も子どもも恐ろしい化け物やら獣人になりきって街を練り歩くのだ」
「…………ありがとう。
あなたのお陰で、希望がわいてきたわ。女神様のご加護があらんことを……!」
狐につままれたように立ち尽くす衛兵と、ますます大きくなる人だかりを背に、わたしはその場を後にした。